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大阪地方裁判所 昭和38年(行モ)12号 決定 1964年3月30日

申立人 山尾徳蔵

被申立人 堺税務署長

主文

被申立人が、別紙目録記載の物件について昭和三七年五月三一日差押え、更に同年七月六日参加差押してなした申立外西野昭二に対する滞納処分手続の続行は本案判決をなすに至るまでこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

理由

申立人は主文第一項同旨の決定を求め、その理由として述べるところの要旨は次のとおりである。

(一)  被申立人は申立外西野昭二に対する国税滞納処分として別紙目録記載の物件(以下本件物件という)につき昭和三七年六月一日差押えをし、更に同年七月七日参加差押をした。

(二)  しかしながら、右物件は申立人が昭和三四年一〇月建築し、たゞ右西野昭二が住宅金融公庫から融資を受ける便宜上、その名義で所有権保存登記をしたにすぎないのであつて、これが真実の所有者は申立人であるところ、被申立人がこれらの点につき調査を尽すことなく右西野昭二に対する前記滞納処分としてなした前記差押えならびに参加差押には重大かつ明白な瑕疵があり無効というべきである。

(三)  そこで、申立人は被申立人を相手方として昭和三八年七月一二日大阪地方裁判所に対し差押処分無効確認請求訴訟を提起したが(同裁判所昭和三八年(行)第二七号)、右滞納処分手続の続行により前記物件が公売されるにおいては、申立人は営々辛苦して建築した唯一の財産である右物件を立退かざるを得なくなる訳であるが、これにより現在老齢で病床にある申立人としては回復し難い損害を蒙むるおそれがある。

(四)  よつて、こゝに申立人は被申立人に対し、右滞納処分手続の続行の停止を求める。

(疎明省略)

被申立人が右に対する意見として述べるところは次のとおりである。

(一)  本件執行停止の申立は本案につき理由がないものというべきである。

申立人は、本件物件は申立人の所有であるから、被申立人のした前記差押えならびに参加差押処分は無効である旨主張するが、右物件については申立外西野昭二が所有権者として保存登記を経由しており、なお、同人において住宅金融公庫から融資を受け、同公庫のために抵当権設定登記をした後被申立人から右差押えならびに参加差押を受けたのであるから、申立人においてこれが変動の登記なくして第三者たる被申立人等に対抗できる筋合ではなく、右差押えならびに参加差押はもとより適法なものである。従つてこれが無効確認を求める本案訴訟の理由のないことは明白であつて、本件申立はすでにこの点において失当というべきである。

(二)  本件の場合、処分の執行により回復の困難な損害を避けるために緊急の必要があるとはいえない。

(1)  行政事件訴訟法二五条二項にいわゆる「処分の執行により生ずる回復の困難な損害」とは処分の執行によつて生ずべき原状回復不能の損害を指称するものと解すべきところ、仮りに右本案訴訟において本件物件が申立人の所有であることが確定されたとしても本件滞納処分により申立人が右物件の所有権を侵害せられて被むるところの損害は金銭賠償をもつて填補されることが可能であり、しかも、その請求は現行制度上不可能もしくは極めて困難とは到底考えられないのであるから、これを「回復の困難な損害」となすことはできない。

(2)  また、同条二項は執行停止の要件として「損害を避けるため緊急の必要がある」ことを明定しているところ国税滞納処分における差押処分は、その処分自体としては被差押物件の所有権に何等の消長も生ぜしめるものではなく、これが換価、売却のためにはさらに国税徴収法九四条以下の規定に従い、公売公告、公売の通知、見積価格の決定及びその公告等の手続を経る必要があるのであつて差押えがなされたからといつて、これにより直ちに被差押物件の公売が実施される訳ではないのであるからこの点に鑑み、本件の場合においても「緊急の必要がある」とは解し得ないというべきである。

(三)  従つて本件申立はいずれにせよ却下さるべきものである。

(疎明省略)

申立人及び被申立人提出の各疎明資料によれば、本件物件は大阪法務局鳳出張所受付第三五一号をもつて申立外西野昭二名義に所有権保存登記がなされているが、実際は、申立人が昭和三四年頃工事費等約一、八〇〇、〇〇〇円を投じて新築したもので、その所有権者は申立人であること、その頃右西野昭二が住宅金融公庫から住宅建設の融資を受けられることになつていたので申立人は同人からその融資を受ける権利の譲渡を受けたこと、ところでこの譲渡は禁じられているというので表面上右西野昭二に右融資を得させるため形式的に同人名義に保存登記をしたものであること、被申立人が右西野昭二に対する国税滞納処分として昭和三七年五月三一日右物件を差押え、かつ翌六月一日その旨の登記を経由し、更に、同年七月六日右物件につき参加差押をし、かつ翌七月七日その旨の登記を経由したことを一応認めることができるところ申立人が右差押えならびに参加差押処分無効確認の本案訴訟を当裁判所に提起し、現に係属中(当裁判所昭和三八年(行)第二七号事件)であることは当裁判所に顕著なる事実である。

そこで、本件申立が執行停止の要件にかなうかどうかについて以下順次検討する。

まず、本案について理由がないとみえるときは、執行停止はこれをすることができない(行政事件訴訟法二五条三項)のであるから、本件の場合本案について理由がないとみえるかどうかについて考察するに被申立人は、申立人は本件物件の権利変動の登記なくして第三者たる被申立人に対抗できないのであるから、本案につき理由のないことが明白である旨主張するが、しかし前記の如く本件物件はもともと申立人において建築して原始的にその所有権を取得したもので登記簿上の名義人が前記西野昭二であるにすぎなく、同人と申立人との間に権利変動なく登記欠缺の対抗の問題でないが如く一応認められるところである。このように疎明される以上、たとい申立人主張の如き事実関係においてその所有権を第三者たる被申立人に対抗出来るか否かは本案たる差押処分無効確認訴訟事件(昭和三八年(行)第二七号)の口頭弁論の審理を経て確定さるべき事柄ではあつても、この段階においては本案につき一応理由がないとはみられないから、本件申立は右要件に欠けるところはないというべきである。

次に、本件の場合、回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある(同条二項)かどうかについて考察するに、もとより、本件滞納処分手続が続行され、本件物件が公売されたからといつて、必ずしも、これが原状回復が全く不能になるとか、或は金銭賠償による救済のみちが全然閉ざされるというわけではないけれども、その回復が容易なものでないことはたやすく推察でき、しかも本件においては申立人提出の疎明資料ことに申立人の報告書によれば、申立人は三〇年間真珠工業にたずさわつてたくわえた貯金を全部つぎこんで右物件を建築したのであるが、現在病気のため歩くのにも人手を借りなければならない状態にあること、及び申立人の子供が道楽者で働かないため、右の仕事を続けていけなくなつたことを一応認めることができるのであつて、これらの点を社会通念に照らしてかれこれ考え合せると、本件の場合、右手続が続行され、右物件が公売されることによつて申立人の被むる損害は回復困難なものと認めるのが相当である。のみならず、被申立人において何時にても右物件を公売に付し得る段階にある本件においては申立人は右損害を避けるため右手続の続行停止を求める緊急の必要があると解すべきである(被申立人は、本件においてはいまだ公売公告、公売の通知、見積価格及びその公告等の手続を全然経ていないのであつて、緊急の必要ある場合に当らない旨主張するが、被申立人においては何時にても公売―公売公告は公売の日の少なくとも十日前である必要はあつても―に付し得るし、早急に公売に付さないとの保証もないから公売処分のなされないうちは緊急の必要性ないと解すべき別段の根拠もない。)。従つて本件申立は右要件にも欠けるところがないというべきである。

よつて、申立人の本件申立を理由あるものと認め、行政事件訴訟法二五条に則り、なお、申立費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石崎甚八 日高敏夫 元吉麗子)

(別紙)

目録

堺市鳳北町八丁目四三二番地

家屋番号同町四三一番の七

一、木造瓦葺二階建居宅

建坪 二四坪二合

二階坪 五坪八合五勺

以上

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